ヨーゼフ・ボイス:「1984年6月2日 東京芸術大学での対話集会」
1984年、ボイスが東京芸術大学で開催した対話集会の記録映像を上映します。
ボイスはこの年、自身のプロジェクト「7000本の樫の木」への資金集めを目的に来日、結果的に日本はこのプロジェクトの最大のスポンサー国の一つとなりました。ボイスは、西武グループによるスポンサーシップの交換条件として、日本での個展を受け入れ、さらに公開対話集会の開催を提案しました。
この対話集会では、自身の美術活動の資金作り目的で来日したことを日本の美大生たちに激しく批判されながらも、それは美術活動に関する古典的な問いである、と学生たちに語りかけ、自身の「社会彫刻」についての信念を語ります。
なお、本ビデオの監督は畠山直哉。集会の舞台である東京芸術大学は、インゴ・ギュンターが教鞭を執った大学です。本展では、ボイスによるドイツ語発言を日本語に、日本人学生からの日本語での質問にドイツ語字幕を施した90分の特別版を上映いたします。
インゴ・ギュンター:「Thanks a Million」新作
3月11日、東京で震災を経験したドイツ人作家インゴ・ギュンターは、津波の壊滅的被害を受けた東北の海岸線に松林を再生させるプロジェクト、「Thanks a Million」を提案します。
日本の海岸線の象徴的な風景である松林の多くは、農作物を潮風から守るための防風林として、江戸時代に人間の手で作られました。その美しさから白砂青松と讃えられ、多くの日本の歌人たちを虜にしてきた東北地方の松林にあった約100万本の松の木は、残念ながら今回の巨大津波で根こそぎ奪い去られてしまいました。そんな中、陸前高田市の高田松原は、たった一本残り、復興のシンボルとして人々を勇気づけている「奇跡の松」があります。
本プロジェクト「Thanks a Million」では、作家が100万の松の木の種を提供し、そこから生まれた松の木を植えることにより、東北の美しい海岸線を取り戻すとともに、被災地と世界中の人々との永続的な関係性の構築を目指そうと提案します。
畠山直哉:「Zeche Westfalen I/II Ahlen」2003
被災地域である岩手県・陸前高田市出身の畠山直哉は、ドイツの炭坑が爆破される瞬間を捉えた写真シリーズ「Zeche Westfalen I/II Ahlen」(ヴェストファーレン炭鉱I、II、アーレン)を出品します。
畠山は、「壊される予定の建物があるから写真に撮っておいてくれませんか?」との依頼に、「もうすぐ死ぬ人がいるから肖像を撮っておいてくれませんか?」という依頼に似た響きを感じたといいます。故人を懐かしむためにその人の肖像が必要なように、消えてしまった建築を懐かしむために建築写真が必要とされる。故に、畠山は、「記録」は常に未来からの視線を前提としていると考えます。
自身の家族をも奪い去った大津波が陸前高田市を襲った後、本作品のもつ意味は完全に変わりました。大震災によって、写真はその本来の役割――「記憶への奉仕」――を再度取り戻したといえます。そして「来るべき未来への追憶」という視点から捉えた際、これらの過去の「記録」はさらなる変化を遂げることでしょう。
大巻伸嗣:「Echo – Eclipse of Life」新作
大巻伸嗣は、カーペットの上に色鮮やかな岩料で花柄を描き、観客が踏んで壊すことで次第に色が滲んでいき、別の空間へと生まれ変わって行く作品「Echoes」で知られています。本展では、大巻は新作「Echo – Eclipse of Life」を発表します。
大巻は、花柄のイメージを、太陽光へと重ね合わせました。窓から差し込みフロアーを照らした自然光の瞬間を形取ることで、大巻はその瞬間を、あたかも日食の様に結晶化させようと試みます。フロアーに描かれた赤い花のイメージは、日食の瞬間を結晶化し、それは災害の記憶のみならず、生と死というサイクルさえも隠喩しています。ある一瞬の記憶が、移り変わる瞬間の中でどう保ち続けることができるのか、大巻は問いかけます。
オノ・ヨーコ:「Wish Tree」
オノが90年代から世界各地で展示している作品「Wish Tree」は、人々が自らの希望や平和への願いを書いた短冊を1本の木に吊るすという、参加型作品です。オノ自身が、幼少の頃、神社でおみくじを木に結びつけたり、七夕で短冊に願い事を書いた経験がもととなっています。
「ひとりで見る夢はただの夢。みんなで見る夢は現実になる」と語るオノ。本作品はバーゼルの地における内省の場となり、参加者の深い共感と願いは、地球の裏側にある被災地へと運ばれていきます。
ART-AID展示オープニングの様子
http://www.artaid.jp/basel/report/content850.html